あなたは、大切な人との最期のときを想像できますか?
私は介護福祉士として、訪問したときにはすでに亡くなっていたことや、最期の貴重な時間の立ち会いを経験しました。
そして、父の場合は、死後数日経ってから遺体を発見しました。
人が亡くなる状況は、それぞれ違います。
では、人が亡くなったあと、残された人には何が起こるのでしょうか。
今回は、私自身の経験と、公認心理師・介護福祉士としての視点から、その後の対応や、悲しみ方のどこまでが自然な反応で、どんなときに専門的な支援が必要なのかをお伝えします。
また、誰にも必ず来てしまう別れのとき、
その後の心の変化がさまざまであると知ることで、心を理解し、これからどう向き合っていけばよいのか、考えるきっかけになれば幸いです。
死後数日経ってからの発見
父を自宅で遺体として発見してから、3年が経ちました。
これまで、父を発見したときのこと、亡くなる直前に見られたラストラリー、死後硬直、検視のこと、そして父が残した大量の薬の処分などについて書いてきました。

人が亡くなると、葬儀や手続きなど、さまざまな対応が必要になります。
病院で亡くなった場合は、医療機関で死亡診断書を受け取り、そのまま葬儀などの準備に進みます。
一方、死後数日経ってから発見した場合は、警察による確認や検視が行われます。

その後、警察の検視を経て医師による死体検案を行った当番の病院へ行き(※遺体は警察の安置所のまま)、死体検案書を受け取ります。
費用は通常、3万円〜5万円(2026年現在)ほどかかります。遺体を搬送するともっと高くなります。そして、死亡診断書より高いです。
死体検案書を受け取ってはじめて、死亡届を役所に提出できます。亡くなった日から7日以内です。
また、警察署からの遺体の引き取りは、手続き上は親族などですが、実際には葬儀社でないと引き渡してもらえないことがあります。ご遺体を適切に取り扱うためだそうです。
私の場合、警察から遺体の引き渡しが可能になったと連絡があったのは、その日のうちでした。
しかし、葬儀社をまだ決められずにいたことに加え、死後数日が経過していたため、腐敗が進むことも心配でした。そこで、葬儀社が決まり焼き場の空きが出るまでの間、涼しい安置所に2泊させてもらいました。
葬儀社が決まると、エンゼルケアをしてもらえます。そのため、遺体の状態によっては、葬儀社を早めに決める必要があります。
また、遺体の状態によっては、対面すること自体が難しい場合もあります。

人が亡くなったあとの感じ方
大切な人を亡くしたとき、どのような気持ちになるのでしょうか。
悲しい。
寂しい。
もっと何かできたのではないかと後悔する。
怒りを感じる。
あるいは、どこかほっとする。
人によって、感じることはさまざまです。
また、同じ人であっても、亡くなった直後と、しばらく時間が経ってからでは、気持ちが変わることがあります。
すぐに涙が出る人もいれば、泣けない人もいます。
普段どおりに仕事や家事をこなせる人もいれば、何も手につかなくなる人もいます。
亡くなった直後は気丈に振る舞っていたのに、葬儀などが一段落してから、急に寂しさがこみ上げることもあります。
こうした違いは、悲しみの深さや、故人への愛情の強さでは決まりません。
亡くなった人との関係、死を迎えた状況、それまでの関係性、現在の生活環境など、さまざまなことが影響します。
例えば、
長い間介護を続けてきた人が、亡くなったあとに寂しさと同時に安堵を感じることもあります。
それは、故人を大切に思っていなかったということではありません。
介護による負担や緊張が続いていた場合、その役割から解放されたことにほっとする気持ちが生じることもあるのです。
悲しみだけが、死別に伴う感情ではありません。
そして、周囲の人と同じように感じられないからといって、自分の気持ちがおかしいと考える必要もありません。
こうした、死別に伴って生じるさまざまな反応を「グリーフ」といいます。

グリーフとは
グリーフとは、大切な何かを失ったときに生じる、心理的・身体的・行動的な反応のことです。
日本語では「悲嘆」とも呼ばれます。
グリーフというと、悲しみや寂しさといった感情を思い浮かべる人が多いかもしれません。
しかし、実際には、それだけではありません。
例えば、次のような反応が起こることがあります。
•感情の変化
悲しみ、怒り、罪悪感、不安、安堵、何も感じられない感覚など
•身体の変化
眠れない、食欲が落ちる、疲れやすい、体が重く感じるなど
•考え方の変化
故人のことが頭から離れない、亡くなった事実を実感できない、後悔を繰り返すなど
•行動の変化
人と会いたくなくなる、故人の持ち物を整理できない、反対に仕事などに没頭するなど
もちろん、これらの反応がすべての人に起こるわけではありません。
また、どのような反応が、いつ、どの程度現れるのかも人それぞれです。
グリーフには、誰もが同じ順番で通る道筋があるわけではありません。
悲しみが少し和らいだと思ったら、再び強くなることもあります。
普段は落ち着いて過ごせていても、故人の誕生日や命日、何気ない出来事をきっかけに、当時の気持ちがよみがえることもあります。
大切なのは、悲しみが一直線に薄れていくことだけを、目指さないことです。
グリーフは病気ではなく、大切なものを失ったときに生じる自然な反応です。

自然な悲嘆と、専門的な支援が必要な状態の違い
では、悲しみが長く続く場合は、どう考えればよいのでしょうか。
大切な人を亡くしたあと、何年経っても寂しさを感じたり、ふとした瞬間に涙が出たりすることがあります。
こうした反応は、死別に伴う自然な悲嘆の一部です。
一方、死別による強い苦痛が続き、日常生活に大きな支障が生じている場合には、専門的な支援が必要になることがあります。
その一つが「遷延性悲嘆症」です。
遷延性悲嘆症は、故人への強い思慕や、故人についての思考にとらわれる状態などが長く続き、強い苦痛や生活への重大な支障を引き起こすものです。
遷延性悲嘆症かどうかは、悲しみが続いている期間だけで判断するものではありません。症状や苦痛の程度、日常生活への影響などを踏まえ、専門的な診断基準に基づいて判断されます。

自分の悲しみについて考えるとき
自分の悲しみが長く続いていると、「いつまでこの状態が続くのだろう」「自分は立ち直れないのではないか」と不安になることがあるかもしれません。
しかし、何年経っても故人を思い出すことと、日常生活に深刻な支障が生じるほどの苦痛が続いていることは、同じではありません。
大切なのは、悲しみがいつまで続いているかだけで自分を判断するのではなく、今どのような苦痛を抱え、生活にどのような影響が出ているのかを考えてみることです。
もし、苦痛が強く、日常生活を送ることが難しいと感じているなら、専門家に相談することも選択肢の一つです。
周囲の人の悲しみを理解するとき
一方、家族や友人など、身近な人の悲しみを見守る立場では、別の難しさがあります。
普段どおりに生活しているように見えても、本人は心の中で強い苦痛を抱えているかもしれません。
反対に、周囲からは悲しみが強く見えても、本人なりに生活を続け、少しずつ変化していることもあります。
そのため、「もう何年も経ったのだから」「そろそろ元気にならないと」と、経過した時間だけで相手の状態を判断することは気をつけたいところです。
また、周囲から見て心配だからといって、すぐに病気だと決めつけることも適切ではありません。
大切なのは、本人がどのような苦痛を抱えているのか、生活にどのような影響が出ているのかに目を向けることです。
悲しみ方に正解はなく、その表れ方も人それぞれです。
だからこそ、自分自身の悲しみを理解するときも、誰かの悲しみに向き合うときも、決めつけずに、その人の状態を知ろうとする姿勢が大切なのです。
悲しみを急いで終わらせないこと
グリーフケアという言葉を聞くと、悲しみを和らげたり、立ち直れるように支えたりすることをイメージするかもしれません。
もちろん、それも大切なことです。
しかし、グリーフケアは、ただ悲しみをなくすことでも、早く立ち直らせることでもありません。
その人が経験していることや、現在の状態を理解し、必要なことを考えていくことです。
例えば、悲しんでいる人に対して、無理に前向きな言葉をかける必要はありません。
「いつまでも悲しんでいてはいけない」
「故人も、あなたが元気になることを望んでいるはず」
「時間が解決してくれるよ」
こうした言葉が、必ずしも本人の助けになるとは限りません。
励ますつもりでかけた言葉が、かえって自分の気持ちをわかってもらえないという感覚につながることもあります。
中には、「この悲しみを忘れたくない」と感じる人もいます。
悲しみが和らぐことを、故人とのつながりまで薄れてしまうように感じる人もいるかもしれません。
一方、周囲が日常生活を取り戻していく中で、自分だけが取り残されたように感じることもあります。
大切なのは、悲しみを手放すよう促すことではなく、その人が何を感じ、何を大切にしているのかを理解しようとすることです。
悲しみは人が持つ自然な感情です。無くす必要はないのです。
またその一方で、ただ見守っていればよいとも限りません。
強い苦痛が続き、眠れない、食事が取れない、仕事や家事が難しいなど、日常生活に大きな支障が生じている場合には、専門家へ相談をすることが大切です。
その両方の視点が、グリーフケアには必要です。

おわりに
人が亡くなる状況はさまざまです。
病院で最期を迎える人もいれば、自宅で亡くなり、時間が経ってから発見される人もいます。
介護の現場では、最期の時間をともに過ごすこともあれば、訪問したときにはすでに亡くなっていることもあります。
亡くなったあとの状況だけでなく、その人との関係や、それまでの経緯、置かれている環境によっても、残された人の感じ方や、その後の経過は変わります。
家族、友人、恋人、医師、看護師、介護士など、関わる人それぞれに、それぞれのグリーフがあります。
悲しみ方に正解はありません。
周囲と同じように感じる必要も、決められた期間で立ち直る必要もありません。自分が周囲とは違う感じ方をしていても、それは間違いではないのです。
大切な人を亡くした悲しみ。
最期に立ち会ったときの気持ち。
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