1999年に公開された映画『シックス・センス』。
少年コールと、彼を担当することになった精神科医マルコムの物語です。
久しぶりに観ました☺️
シックス・センス(第六感)は、科学的に証明はされていません。
科学的には「いつもと違う」感覚を人間の本能で無意識に感じ取っていると言われています。
それでも、信じている人は意外に多いのではないでしょうか。
私自身も、今まで生きた中で不思議な体験はいくつかありました。
今回は、私も歳を重ね(笑)、心理師の視点からこの映画を観ることができました。そこで感じた、人の心や人間関係についてお伝えします。
閉ざした心が開くには…
映画の中で印象的なのは、マルコムがコールの話に耳を傾けていく姿です。
コールは、自分にしか見えないものが見えるという恐ろしい体験をしています。
しかし、その体験を周囲の人に理解してもらうことができません。
先生や友人たちはコールの異常な行動をからかいます。
コールの感じている恐怖や孤独を理解しようとはしません。
マルコムも「他の人が見えないものが見える」というコールの言葉をはじめは精神病だと判断していました。
しかし徐々に、マルコムはコールが何を感じているのかを理解しようとします。
マルコムは、最初からすべてを理解していたわけではありませんでした。
実際、私も自分が見えないものが「見える!」と言われても、幻視が見えているのだろうと思ってしまいます。
私が最初に会った、見えないものが見えていた方は、20年ほど前に介護の仕事をしていた時に担当していた方でした。
とてもリアルに話をされていました。
不思議なことに、ある日、私にも音だけ聞こえたのです。
映画では、
分からないことがあっても、すぐに否定したり、自分の考えを押しつけたりせず、相手の話に耳を傾けていたマルコムの姿勢が、少しずつコールとの関係を変えていきます。
医療や福祉、カウンセリングなどの対人関係では、相手の話を受け止め、理解しようとする姿勢を大切にします。
人は、自分の話を聴いてもらえると、自分の気持ちを言葉にしやすくなることがあります。
そして、言葉にしていく過程で、自分自身の気持ちに気づいたり、これまでとは違う見方ができるようになったりすることもあります。
相手がどんな世界を見ていて、何を感じているのかを知ろうとすることが大切です。

自分と相手の見ている世界
コールの行動は、周囲の人から見ると理解しがたいものに映ります。
しかし、コールにはコールなりの理由があります。
人は、自分たちの経験や常識を基準にして、人の言動を判断してしまうことがあります。
例えば、何度注意しても同じことを繰り返す人や、周囲から見れば理解できない行動をする人に対して、苛立ちを感じることもあるでしょう。
「どうしてそんなことをするの?」
「何度言えば分かるの?」
「普通はそんなことしないでしょう」
そう思ってしまうこともあるかもしれません。
けれど、周囲から見れば理解できない行動でも、本人には、それをしなければならない理由があるのかもしれません。
本人にとっては、不安を避けるためだったり、自分を守るためだったり、何かを伝えるための行動だったりすることもあります。
その背景を考えずに、ただ怒ったり、苛立ちをぶつけたりしても、相手との間に溝ができてしまうだけです。
相手は責められていると感じれば、自分の気持ちや事情を話そうとは思わなくなるでしょう。
ひどい時は、表面だけで合わせるようになってしまいます。
それは、子どもであっても同じです。
子どもの理解しがたい言動に対して、大人の常識だけで判断し、叱ることが先になってしまうと、その行動の背景にある気持ちを知る機会を失ってしまうことがあります。
大切なのは、行動をそのまま受け入れることでも、何でも許すことでもありません。
なぜ、その行動をするのか。
何を感じているのか。
その人にとって、どんな意味があるのか。
まずは、その背景を知ろうとすることです。
コールもマルコムの助言で幽霊がなぜ自分のところに出てくるのか話を聴こうとするようになります。
行動の理由を理解しようとする姿勢があってこそ、相手も少しずつ心を開き、自分の思いを話せるようになります。

「誰にも理解されない」という孤独
コールが抱えているものは、恐怖だけではありません。
自分の体験を誰にも話せないこと、話しても理解してもらえないこと。
そのことが、彼をますます孤独にしていきます。
人は、必ずしもひとりでいるときだけに孤独を感じるわけではありません。
家族がいても、友人がいても、職場に仲間がいても、自分の気持ちを分かってもらえないと感じることがあります。
むしろ、周囲に人がいるからこそ、自分だけが違う世界にいるように感じることもあるでしょう。
例えば、
仕事で理不尽な思いをしていても、周囲には理解してもらえないとき。
家庭で感じていることを話しても、「考えすぎ」と言われてしまうとき。
そんな経験が重なると、次第に自分の気持ちを話すことを諦めてしまうことがあります。
本当は誰かに話したいのに、どうせ分かってもらえないと思ってしまうからです。
自分が見ている世界を、誰かと分かち合えるだけでも、人の感じ方は変わることがあります。

相手を理解しようとすることで、自分自身にも気づく
この映画は、コールだけの物語ではありません。
マルコム自身もまた、コールと向き合う中で、自分のことを見つめ直していきます。
誰かの話を聴いていると、自分とは違う考え方や価値観に触れることがあります。
そのとき、相手の考えを理解しようとすることで、今まで当たり前だと思っていた自分の考えに疑問を持つこともあります。
「自分はなぜ、そう思っていたのだろう」
「どうして、あのときあんな反応をしたのだろう」
相手を知ろうとすることが、自分を知ることにつながるのです。
また、人との関係の中で、自分でも気づいていなかった感情が表れることもあります。
例えば、誰かの言葉に必要以上に腹が立ったり、相手の反応が気になって仕方がなかったりすることはありませんか?
その感情の背景には、過去の経験や、自分が大切にしている価値観が関係しているかもしれません。
人との関わりは、ときに自分自身を知るきっかけになります。
相手を理解することと、自分を理解すること。
この2つは、別々のものではないのだと思います。

本当に大切なことは、目に見えているものだけではない
『シックス・センス』を観て、改めて感じたのは、目に見えているものだけでは、人のことは分からないということです。
私たちは、相手の言葉や行動を見て、その人のことを理解したつもりになることがあります。
しかし、その言動の背景には、本人にしか分からない体験や感情が隠れているかもしれません。
いつも明るく振る舞っている人が、実は誰にも言えない寂しさを抱えていることもあります。
何でもないように見える人が、心の中では大きな葛藤を抱えていることもあります。
そして、自分自身についても同じことがいえます。
「なぜか気になる」
「どうしても引っかかる」
「何となく、このままではいけない気がする」
そんな感覚があっても、理由が分からず、そのままにしていることはないでしょうか。
けれど、その小さな違和感の奥には、自分でもまだ気づいていない思いや、本当は大切にしたいことが隠れている場合があります。
目に見える言動だけで判断せず、その奥にあるものにも目を向けてみる。
それは、誰かを理解するときにも、自分自身を理解するときにも大切なことなのだと思います。

おわりに
1999年当時は、この映画の結末に驚き、とても印象に残った作品でした。
この映画から、こんな言葉を思い出しました。
「人は自分を理解した深さしか相手を理解することができない」
これは臨床心理学者の村瀬嘉代子氏の言葉です。
医療や福祉、心理に携わったことがある方は、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。
マルコムとコールのように、相手の言葉に耳を傾け、その人の立場から理解しようとすること。
そんな関わり方ができるようになると、人間関係も少しずつ変わっていきます。
もし今、
✔人間関係を良くしたい
✔もっと楽に人と関わりたい
そう思っているのなら、一度自分自身の心と向き合ってみませんか?
ピュシカでは、自分の考え方や感じ方を深く知り、人との関わり方を見つめ直すお手伝いをしています。
自分を理解することから、今より心地よい人間関係を始めてみることができます。


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