※「告白₋25年目の秘密-」は2026年7月~9月に日本で放送されたドラマです。
こんにちは、ピュシカです。
昨日、ドラマ「告白-25年目の秘密-」が最終回を迎えましたね。
このドラマは、25年間、ひとりの人を想い続け、告白することなく見守り続けた男性の物語でした。
「一途」なのか、それとも「執着」なのか。その境目がはっきりしないドラマでしたが、実は現実でも、はっきり分けられないことはよくあります。
ドラマの中では、好きな人の後をつけて家まで行ったり、陰から様子を見たりする場面もありました。
SNSから相手の情報を得て、相手が好きなものを自分も好きになったり、相手が気にしていることを調べたり。
「好きな人のことが気になる」という気持ち自体は、とても自然な心理です。
相手は何が好きなのか。
どんなことを考えているのか。
今、何をしているのか。
こんなふうに考えることは、多くの人が経験したことがあるのではないでしょうか。
ただ、それが相手の後をつけたり、生活を探ったりする行動になれば、話は変わります。
悪意がなかったとしても、今ならストーキング行為として問題になります。
このドラマの良かったと思うところは、爽太の気持ちを「純粋な愛」として美しく描き、すべてを肯定しているわけではないことでした。
かといって、ただの「怖い人」として片づけることもしなかったことです。
執着とは、何?

執着とは、あるものに強く心をとらわれ、そこから離れられないことです。
「好き」という気持ちが強いことと、執着することは、似ているようで少し違います。
好きな人のことを考える。
相手のことを知りたいと思う。
これは、恋愛をすれば誰にでも起こり得ることです。
でも、その思いを手放せなくなり、相手の行動を追い続けたり、相手の生活に入り込んだりするようになると、執着につながっていきます。
ドラマの中でも、「愛している人が、自分の思うように自分を愛してくれないと憎しみが湧く」と言っていた通りです。
「相手は自分を愛しているはずだ」
「自分と同じように思ってほしい」
そんな思いが強くなるほど、相手が自分の望むように応えてくれないことが、苦しさや怒りにつながってしまいます。
そこには、「相手を好き」という気持ちだけではなく、「自分が望むように愛してほしい」という思いがあります。
最近では「相手を自分に沼らせたい」という言葉で表現されることもありますね。
相手がいなければ、自分は生きていけないと思い込むことも、執着です。
「好き」という気持ちだけを見るのではなく、その気持ちによって自分がどんな行動をしているのか、相手に何を求めているのか。
そこを見ていくことが、自分の気持ちを考えるきっかけになるのかもしれません。
裏でコソコソと動くこと
このドラマを通して何度も出てきたのが、「裏でコソコソと動くこと」「肝心なことを何も伝えないこと」という言葉でした。
本人に聞けばいいことを、本人には聞かずに調べたり、伝えればいいことを伝えない。
相手のことを知ろうとして、本人ではなく、その周りから情報を集めて動く。
そうやって、本人のいないところで物事が動いていくことは、怖いと感じるところです。
肝心なことは伝えられないまま、秘密だけが増えていく。
このドラマでは、そんなことが何度も描かれていました。
「好きだから」
「心配だから」
「相手のためだから」
そう思っていても、肝心なことを伝えなければ、相手には分かりません。

執着かどうか、自分自身を見つめる
そして、もうひとつ、このドラマで印象に残ったのが、事件が解決したあとでした。
事件が解決すれば、そこで一件落着。二人が結ばれてハッピーエンド……という展開にはなりません。
爽太には、自分が25年間抱えてきた気持ちや、それによってしてきたことと向き合う時間が描かれていました。
「麻里子さんの世界から僕は消える必要があって、それは僕の何もかもを無くすことを意味していると思ったけど、意外とそんなことはなくて、僕はこの街で生きられている」と、ドラマでは爽太が自分自身を振り返っています。
私としては、ここがとても意味のある注目シーンでした。
人は、「こうなったらおしまい」と思っていても、「実は意外にそうでもない……」ということがあります。
執着しているときは、相手や気になっているものから離れたら、自分の全てを失ってしまうように感じることがあります。
そのせいで、好きな人のSNSを何度も見てしまったり、相手から連絡が来ないと、何度もスマートフォンを確認してしまったり。
自分に向けられた言葉の意味を何度も考えたり、相手の行動から「自分のことをどう思っているのか」を読み取ろうとしたりします。
このくらいなら、恋愛をしていれば誰にでも経験があるかもしれません。
でも、「気になるから見る」が、「見ないと落ち着かない」に変わってきたらどうでしょう。
「相手がどう思っているのか知りたい」が、「自分の思った通りであってほしい」に変わってきたらどうでしょう。
執着は、相手そのものを大切に思う気持ちだけではなく、「自分が安心するために、相手にこうあってほしい」という思いと結びつくことがあります。
だからこそ、相手が自分の思うように愛してくれないと、苦しさだけではなく、怒りや憎しみまで生まれてしまうのです。
「自分の世界からいなくなったら、何もかも失う」と思っていたとしても、実際にはそうとは限りません。
爽太が25年分の気持ちと向き合いながら、自分の人生を取り戻していく姿は、そんなことを考えさせてくれました。

恋愛ではない日常にひそむ執着
実は、執着は恋愛だけにあるものではありません。
たとえば、仕事で一度ミスをすると、そのことが何日も頭から離れない。
「あのとき、ああ言えばよかった」と何度も思い返してしまう。
誰かから言われた一言が気になって、「あれはどういう意味だったんだろう」と考え続ける。
SNSに投稿したあと、「誰が見たかな」「反応が少ないのはなぜだろう」と何度も確認してしまう。
買おうと思っているものを口コミで調べ始めたら、今度は悪い評価が気になって、いつまでたっても決められない。
あるいは、予定どおりに物事が進まないと、「こうなるはずだったのに」と何度も考えてしまう。
私たちは日常の中で、気になったことを繰り返し考えたり、納得できる答えを探したりします。
それ自体が悪いわけではありません。
ただ、問題なのは、それが自分の中でどんどん大きくなっていくときです。
「気になるから考える」から、「考えずにはいられない」へ。
「納得したい」から、「納得できるまで終われない」へ。
そうなると、本来は自分の生活の一部だったものが、いつの間にか生活の中心になってしまうことがあります。
執着というと、誰かにしがみつくような強い状態をイメージするかもしれません。
でも、その始まりは、もっと小さな「気になる」ところから始まります。
「どうしてこんなに気になるんだろう」そう感じたときは、気になっている対象だけではなく、「自分は何を求めているのだろう」と考えてみるのもおすすめです。
安心したいのか。
失敗したくないのか。
認められたいのか。
自分の思った通りになってほしいのか。
そこに気づくと、ただ「気になるから」という理由だけでは見えてこなかった、自分の心の動きが分かってくることがあります。
自分の望む人生を手に入れていいこのドラマの中の終盤では、「みんな自分の望む人生を手に入れていいんです」という浅井さんのセリフで、最終的に本質を伝えていました。
これは、「相手を自分のものにする」という意味ではありません。
相手には相手の人生があり、自分には自分の人生があります。
相手を思い通りにするのではなく、自分がどう生きたいのかを考え、自分の人生を選んでいくことが大切です。
自分の気持ちがいつの間にか相手の自由を奪っていないか。
そして、自分自身の人生まで、その人に委ねていないか。
自分の望む人生を手に入れることと、相手を自分の望むようにすること、また相手の望むように自分を合わせることは、同じではありません。

簡易執着チェック

次の項目で、当てはまるものはいくつありますか?
□ 一度気になったことを、何度も考えてしまう
□ 相手のSNSや行動を、何度も確認してしまう
□ 「こうであってほしい」と思うと、そうならないことが気になって仕方がない
□ 過去の出来事を何度も思い返し、「あのときこうしていれば」と考えてしまう
□ 周りから「もう気にしなくていい」と言われても、頭から離れない
□ 仕事や人間関係で「こうあるべき」という思いが強く、予定どおりにならないとイライラしてしまう
□ 失敗したくない、嫌われたくない、認められたいという気持ちが強く、それに振り回されることがある
□ 気になっていることを手放したら、大切なものまで失ってしまうように感じる
当てはまる項目が多いほど、何かに心をとらわれている可能性があります。
ただし、当てはまったからといって、「自分は執着している」と決めつけなくて大丈夫です。
大切なのは、「私は何に、なぜ、こんなにこだわっているんだろう?」と、自分の心の動きに気づくことです。
もし、「どうしてこんなに気になるんだろう」と自分でも分からないことがあったら、一度整理してみませんか。
ひとりで考え続けても答えが見つからないことも、誰かと話すことで、自分の気持ちや本当に望んでいることが見えてくることがあります。
気になることがある方は、
こちらから👇


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