人を見下す人が見えているものとは?人との向き合い方を考える

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人を見下す人

こんにちはピュシカです。

「あの人は使えない人!」

そんな言葉を、聞いたことはありませんか。

仕事が遅い。

目立たない。

周りから評価されていない。

そんな姿を見て、その人のことを使えない人と思ってしまう一方で、

「あの人はすごい人だ」と言われる人もいます。

大きな会社に勤めている。

高い地位についている。

お金を持っている。

周りから一目置かれている。

すると私たちは、その人を自然と「立派な人」だと感じてしまうことがあります。

人は目の前の表面的な姿だけを見て相手を判断してしまう

でも本当に、その姿を見て、その人のことを知っているのでしょうか。

以前、介護の仕事をしていた私は、ある方との出会いを通して、そんなことを考えました。

肩書の立派な人も、ひとりの人

介護の仕事をしていたとき、大きな会社の会長をされていた方と出会いました。

「大きな会社の会長」と聞けば、仕事ができて、社会的にも成功した人を想像するかもしれません。現役時代には、きっと多くの人から頼られ、会社を背負っていたのでしょう。

けれど、私がお会いしたとき、目の前にいたのは「会長」という肩書を持った人ではなく、ただ、人と話し、誰かの手を借りながら毎日を過ごしている方でした。そんな姿を見ていると、現役時代の肩書や地位とは違う、その人の生き方が見えてくるような気がしました。

そして、思ったのです。人は、目の前にいる姿だけでは、その人がどんな人なのかまでは分からないのだ、と。

なぜ一部分だけで人を判断してしまうのか

人は、相手のすべてを見ることはできません。だからこそ、目につきやすいものを手がかりにします。

服装。

話し方。

仕事ぶり。

肩書。

お金。

周囲からの評価。

そうした情報から、「この人はこういう人だ」と判断していきます。

それ自体は、人が相手を理解するための自然な働きです。

ただ、ときには一つの特徴が、その人全体の印象を大きく左右することがあります。心理学では、これをハロー効果といいます。

「すごい人」も「使えない人」も、ほんの一部分

ハロー効果とは、相手の目立つ特徴に引っ張られて、その人全体を評価してしまう心理的な傾向です。たとえば、「大企業の社長」と聞くと、それだけで「立派そう」「お金持ちそう」と感じることがあります。

反対に、「仕事で失敗した」という一つの出来事だけで、「能力のない人」と感じてしまうこともあります。つまり、「仕事ができる」という一部分が、「この人はすごい人」という評価にまで広がる。

逆に、「仕事ができない」という一部分が、「この人には価値がない」という評価にまで広がってしまう。

けれど、その人には、私たちが知らない経験があります。

誰にも見せていない努力もあるかもしれません。

これから変わっていく可能性もあります。

何より、「使えない」と言っている人の指示の仕方が曖昧なのかもしれません。

だから、「今見えている一部分」と「その人そのもの」は、同じではないのです。

どんな人にも敬意を持って接する

もちろん嫌な人と「無理につきあおう」ということではありません。どんな人にも苦手な人はいます。でもだからと言って、どういう態度を取っても良いということではありません。

人を見下さない。

苦しんでいる人を笑わない。

失敗した人を責めない。

目立たない人を軽く扱わない。

相手をどう扱うかは、ときに自分がどういう人なのかを表します。そして、”自分がどんな人として生きたいか”ということなのです。

お金を持っている人には丁寧にする。

地位の高い人には笑顔になる。

反対に、自分より立場が弱い人には冷たくする。

もし相手によって態度を変えるのだとしたら、それは「相手の価値」を見ているというより、相手から得られるものを見ているのかもしれません。誰からも見られていないところでも、人を一人の人として尊重する。その姿勢そのものが、自分の生き方になっていくのです。

大切なのは「どう見えるか」ではなく「どう生きているか」

お金がある。

地位が高い。

有名な会社にいる。

仕事ができる。

そうしたものは、人から見れば分かりやすい価値です。けれど、それだけでは、その人がどんな心で生きてきたのかまでは分かりません。

誰かに優しくしたこと。

人の痛みに気づいたこと。

困っている人を見たときに、どう行動したか。

誰にも評価されなくても、自分が思うことを続けたこと。

そうしたものは、外からは見えにくいものです。だからこそ、「何を持っている人なのか」ではなく、「どんな心で生きている人なのか」ということが大切なのだろうと思います。

そしてそれは、他人を見るためだけではなく、自分自身にも向けたい視点です。

人との向き合い方

最後に残るのは、「どんな人だったか」

その方との出会いを思い出すと、人の人生について、少し違った見方ができます。私たちは、身近な人を亡くしたとき、その人のことをどんなふうに語るでしょうか。

「すごい会社をつくった人だった」

「たくさんのお金を持っていた人だった」

「とても偉い人だった」

そんな話をすることもあるかもしれません。

でも、実際によく耳にするのは、

「あの人は、いつも優しかった」

「困っている人を放っておけない人だった」

「話をすると、いつも安心できた」

「不器用だけど、温かい人だった」

そんな、「どんな人だったか」という話ではないでしょうか。

そこには、肩書やお金では測れない、その人の生き方が残っています。そして、その記憶は、その人がいなくなったあとも誰かの中に残り続けます。

だから、人との向き合い方は、いつか自分に返ってくることを期待するためではありません。相手がどんな人だからではなく、自分がどんな人でありたいか。その気持ちが、人への接し方に表れるのだと思います。

今日、目の前にいる人が、どんな人生を歩んできたのか。どんな思いを抱えているのか。私たちには、すべてを見ることはできません。だからこそ、目に見える一部分だけで、その人の価値を決めない。

お金がある人にも。

地位の高い人にも。

目立たない人にも。

失敗している人にも。

相手の立場によって、敬意を変えない。

それは相手のためではなく、自分がどんな人として生きていくのかという選択でもあります。人の価値は、肩書でも、お金でも、周りからの評価でも決まりません。そして、人生の最後に人の心に残るのも、そうしたものだけではありません。「あの人は、どんな人だった」その一言にこそ、その人が生きた人生が表れるのかもしれません。

自分のことまで、一部分だけで判断していませんか

カウンセリング

人は、相手の一部分だけを見て、その人を決めつけてしまうことがあります。でも、それは自分自身にも起こります。

過去の失敗。

周りから言われた言葉。

今の仕事や人間関係。

「自分はこういう人間だから」「どうせ自分には無理」

そんなふうに、これまでの経験や今の状況から、「自分はこういう人間だ」と決めつけていることはないでしょうか。けれど、それも本当の「自分のすべて」とは限りません。

カウンセリングでは、今感じていることを言葉にしていくと、これまで気づかなかった思いや考えが見えてくることがあります。ときには、自分でも知らなかった自分が見えてくることもあります。

「本当は、こんなことを大切にしていたんだ」

「ずっと我慢していたんだ」

「自分はこうだと思っていたけれど、少し違ったのかもしれない」

そんな気づきから、今までとは違う物事の見方ができるようになることがあります。そして、自分の気持ちや今の状況が整理されてくると、これまで「仕方がない」と思っていたことの中にも、変えていけることが見えてくるかもしれません。

「このままでは嫌だ」

「今の状況を変えたい」

「でも、何をどう変えればいいのか分からない」

そんなときは、カウンセリングで今の状況を一緒に整理しながら、何が今の状況をつくっているのか、どこから変えていけるのかを考えていきます。まずは、今の状況を整理する。すると、これまで見えていなかった「変えられるところ」が見えてくることがあります。

オンラインだから、誰かに知られることなく、自宅からご相談いただけます。「少し話してみたい」そう思ったときが、今の状況を見つめ直すタイミングなのかもしれません。今の状況を変えたいけれど、何から始めればいいのか分からない。そんなときは、まず一緒に整理するところから始めてみませんか。

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