その怒りは、「突然」だったのでしょうか
旭山動物園のニュースは、私にとっては、とても衝撃的なものでした。知らない方は少ないのではないか、と思うほどの出来事です。内容にはあえて触れませんが、私が気になったのは、ある記事でした。
飲み会の場面で「家が怖いのか?」という問いかけに対して、激高したという報道です。
これを観たとき、「それで怒るということは、何か積み重なっていたのではないか」そう感じた方も多いのではないでしょうか。
怒りは突然やってこない
怒りは、ある日突然生まれるものではなく、日々の中で少しずつ積み重なっていきます。その一言で感情が爆発した背景には、長い間抱えてきた我慢やストレスがあったと見るのが自然です。
人は、限界を超えるまで、思っている以上に我慢ができてしまいます。
✓誰にも言えない
✓弱音を吐けない
✓自分の心に目を向けない
そうやって抱え続けたものは、ある日、ほんの小さなきっかけで一気にあふれ出します。
もしその前に、誰かに話す機会があったとしたら。
自分の中にあるものを、少しでも外に出せていたとしたら。
結果は、違っていた可能性もあると思いませんか?ニュ-スを見るたびに、そう思えてなりません。

カウンセリングは「限界のあと」ではなく「その前」のもの
カウンセリングは、どうしようもなくなってから受けるもの。そんなイメージを持たれることがあります。
心の病気になった人が受けるもの
つらくなりすぎてから行く場所
そう思われがちですが、本来は違います。カウンセリングは、「壊れた心を治す場所」ではなく、「壊れないように整える場所」です。
少し疲れているとき。
なんとなくモヤモヤしているとき。
特に何も無いと思っているとき。
そうした普段どおりの時こそ、カウンセリングのタイミングです。特に3つ目の何も無いと思っているときは、何も見えていないときもあります。

人は、自分の状態をそのまま見ることができない
人は、自分の姿を直接見ることができません。鏡が無いと無理ですよね。一方で、他の人の姿は見ることができます。
それと同じように、自分が今どんな状態なのかは、意外と見えにくいものです。
どれくらい疲れているのか
何に傷ついているのか
どんなことを我慢しているのか
本音はどこにあるのか
こうしたことに気づくには、一度心の中を外に出してみる必要があります。
カウンセリングとは、そんな“見えていない自分”を映し出す鏡です。今の状態に気づくだけで、変化が起こりはじめます。なぜなら、無意識だったことに、意識が向くからです。それが見えたら、これからどうしていくかを考えることもできるようになります。
カウンセリングを受ける人は、弱いからではありません。むしろ、人の心のしくみを理解していて、何となくでも自分の心を見つめられている人です。

このままでいくのか、今向き合ってみるのか
カウンセリングは、何か問題が起きたときのためだけのものではありません。何もない今だからこそ、自分の状態に目を向けることに意味があります。
日々の中で感じている小さな違和感や、言葉にならない感覚に気づくことは、これからの自分を整えていくことにつながっていきます。
このまま、なんとなく過ぎていく毎日を続けていくのか。それとも、今ここで少し立ち止まって、自分に向き合ってみるのか。どちらを選ぶかは、あなたの中にあります。
気になったときこそタイミングです。



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